大阪地方裁判所 平成10年(行ウ)18号 判決 1998年11月25日
大阪市西淀川区大和田五丁目二一番一八号
原告
杉本喜代子
右補佐人
橋本治子
大阪市西淀川区野里三丁目三番三号
被告
西淀川税務署長 楠部浩
右指定代理人
山本弘
同
上松豊
同
山村仁司
同
谷崎文雄
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成八年一二月四日付けで原告に対してした平成五年分贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、被告が、原告は平成五年二月一日に杉本正一(以下「正一」という。)から贈与によって二〇〇〇万円を取得したにもかかわらず、贈与税の申告を行わなかったとして、平成八年一二月四日付けで原告に対して平成五年分贈与税について決定(以下「本件贈与税決定」という。)及び無申告加算税賦課決定(以下「本件無申告加算税賦課決定」という。)をしたところ、原告が、右贈与の事実はない等と主張して、本件各決定の取消しを求めた事案である。
二 当事者間に争いのない事実
1 当事者について
原告は、平成六年八月二二日に死亡した正一の妻である。
2 相続税の課税経緯について
(一) 原告は、平成七年四月二四日、正一の相続に係る相続税について申告をした。
(二) 原告は、平成八年一〇月一一日、右相続税について修正申告をした(以下「本件修正申告」という。)。
3 贈与税の課税経緯について
(一) 被告は、平成八年一二月四日付けで別表1記載のとおり、本件贈与税決定及び本件無申告加算税賦課決定をした。
(二) 原告は、被告に対し、平成八年一二月二〇日、別表1記載のとおり、本件贈与税決定及び本件無申告加算税賦課決定につき異議申立てをしたが、被告は、平成九年二月一二日付けで異議棄却決定をした。
(三) 原告は、平成九年二月二五日、別表1記載のとおり、右異議棄却決定を不服として審査請求をしたが、国税不服審判所は、平成一〇年三月一一日付けで審査請求棄却裁決をした。
三 争点
1 本件贈与の有無
(一) 被告の主張
原告は、平成五年二月一日、正一から、現金二〇〇〇万円の贈与を受けた(以下「本件贈与」という。)。
(二) 原告の主張
本件贈与の事実はない。
2 相続税の修正申告による贈与税納付義務消滅の成否
(一) 被告の主張
相続税法一九条一項は、相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前三年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得している場合の課税価格及び納付税額の計算方法について規定したものであって、相続税又は贈与税の確定手続を定めたものではない(右贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価額とみなして相続税額を計算するが、受贈財産の取得につき課された贈与税があるときは、その贈与税額をその者の相続税額から控除することによって、相続税額との二重課税を排除している。)。したがって、相続税の申告に当たり、相続開始前三年以内に被相続人から贈与された財産の価額を相続税の課税価格に加算したからといって、当該贈与財産に対する課税手続が終了し、贈与税の納付義務が消滅する謂れはないのであって、原告の主張は失当である。
(二) 原告の主張
相続税法一九条一項によると、「相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前三年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合においては、その者については、当該贈与により取得した財産(……)の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなし、第一五条から前条までの規定を適用して算出した金額(……)をもって、その納付すべき相続税額とする。」ものとされているところ、右規定の趣旨に鑑みると、贈与税の申告が行われなかった場合であっても、相続税の申告に当たって、相続開始前三年以内に被相続人から贈与された財産の価額が相続税の課税価格に加算されているときには、当該贈与財産に対する課税手続は終了し、当該贈与について贈与税を課すことは許されなくなるものと解すべきである(強いて課税すれば、相続税の課税対象とされた財産に対し、更に贈与税を課税するという二重課税の結果となる。)。
仮に本件贈与の事実が認められるとしても、原告は、本件修正申告の際、本件贈与により取得した二〇〇〇万円を相続税の課税価格に加算したのであるから、本件贈与について贈与税を課すことは許されず、本件贈与税決定は違法である。
3 本件無申告加算税賦課決定の適法性
(一) 被告の主張
本件修正申告は、贈与税の申告には当たらないから、本件無申告加算税賦課決定は適法である。
(二) 原告の主張
原告は、本件修正申告の際、本件贈与により取得した二〇〇〇万円を相続税の課税価格に加算したのであるから、これによって贈与税の申告を行ったものと解すべきであり、本件無申告加算税賦課決定は違法である。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件贈与の有無)について
1 証拠(甲三、五、一一、乙一の1ないし3、二の1・2、三、五)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(一) 正一は、平成五年一月二〇日、四五〇〇万円を三和銀行杭瀬支店の自己名義の定期預金口座に預け入れたが、その源資は、平成元年七月にその所有する宝塚市旭町所在の土地を売却した代金を預け入れていた同支店の自己名義の定期預金である。
(二) 右正一名義の四五〇〇万円の定期預金は、平成五年二月一日に解約され、うち二五〇〇万円は、同日、改めて同支店の右正一名義の定期預金口座に預け入れられ、残額二〇〇〇万円は現金で出金された。
(三) その頃、兵庫銀行歌島船支店(現みどり銀行尼崎支店)で外交業務を担当していた山際博(以下「山際」という。)は、得意先である原告から、三和銀行の定期預金が満期になるので、新たに定期預金をしたい旨の連絡を受け、平成五年二月三日、原告宅を訪問した。原告は、山際に対し、現金二〇〇〇万円を交付するとともに、同支店の原告名義の定期預金口座に預け入れていた二〇〇万円を解約して合わせて二二〇〇万円の原告名義の定期預金とするよう指示した。これを受けて、山際は、同日、同支店の右原告名義の定期預金口座に二二〇〇万円の定期預金として預け入れる手続をした。
なお、山際は、その後、右定期預金について、その満期日前に原告宅を訪問し、原告の指示に基づいて継続手続や利息支払等を行った。
(四) 原告は、平成七年四月二四日、正一の相続に係る相続税の申告をしたものの、被告から申告漏れの財産がある旨の指摘を受け、平成八年一〇月一一日、本件修正申告をした。その中で、原告は、正一から平成五年二月一日に現金二〇〇〇万円の贈与を受けたとして、その旨の申告をし、「修正申告について」と題して、「平成八年四月から六か月にも及ぶ長期調査で相続人にも心労が重なってきております。ご指摘の項目のうち現時点で納得できた事項についてのみとりあえず修正申告します。」等と記載した書面を提出した。
2 右認定事実によると、原告は、平成五年二月一日に正一所有の土地の売却代金を源資とする同人名義の定期預金が解約されて出金された現金二〇〇〇万円を、同月三日原告名義の定期預金として預け入れたもので、以来、右定期預金を自己の判断で管理・運用していたばかりか、本件修正申告に際しては、自ら本件贈与の事実を認め、これを前提とする修正申告に及んだというのであるから、原告が正一から本件贈与を受けたことは明らかというべきであって、右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 争点2(相続税の修正申告による贈与税納付義務消滅の成否)について
原告は、相続税法一九条一項の趣旨に鑑みると、贈与税の申告が行われなかった場合であっても、相続税の申告に当たって、相続開始前三年以内に被相続人から贈与された財産の価額が相続税の課税価格に加算されているときには、当該贈与財産に対する穣税手続は終了し、当該贈与について贈与税を課すことは許されなくなるものと解すべきところ、原告は本件修正申告の際、本件贈与により取得した二〇〇〇万円を相続税の課税価格に加算したものであるから、本件贈与について贈与税を課すことは許されない旨主張する。
しかしながら、相続税法一九条一項は、相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前三年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得している場合における課税価格及び納付税額の計算方法を定めたものであって、相続税又は贈与税の確定手続について何ら規定するところではなく、相続税及び贈与税については、相続税法二七条、二八条にそれぞれ別個の申告納税手続が定められているのであるから、相続税の申告に当たって、相続開始前三年以内に被相続人から贈与された財産の価額を相続税の課税価格に加算したからといって、これによって贈与税の課税手続が終了し、当該贈与について贈与税を課すことが許されなくなると解する余地はないというべきである。
したがって、この点についての原告の主張は、採用することができない。
三 争点3(本件無申告加算税賦課決定の適法性)について
原告は、本件修正申告の際、本件贈与により取得した二〇〇〇万円を相続税の課税価格に加算したのであるから、これによって贈与税の申告を行ったものと解すべきであり、本件無申告加算税賦課決定は違法である旨主張する。
しかしながら、前記二で説示したとおり、相続税及び贈与税については、それぞれ別個の申告納税手続が定められているのであって、相続税の申告をもって贈与税の申告と解する余地はないから、この点についての原告の主張も、採用の限りではない。
四 結論
以上によると、本件贈与税決定及び本件無申告加算税賦課決定は適法というべきであり、原告の本訴各請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 水野武 裁判官 福井章代 裁判官 栗原三緒)
別表1
原告の平成5年分の贈与税の課税の経緯及びその内容
<省略>